思い出し感想「真珠の耳飾りの少女」
読み:しんじゅのみみかざりのしょうじょ
原題:GIRL WITH A PEARL EARRING
製作:イギリス/ルクセンブルク’03 100分
監督:ピーター・ウェーバー
原作:トレイシー・シュヴァリエ
ジャンル:ドラマ/歴史劇/ロマンス
【あらすじ】
1665年のオランダ、デルフト。タイル職人の父が事故で失明したことから一家の家計を支えることになった少女グリート。画家ヨハネス・フェルメールの家の女中となるも、やがてフェルメールの目に留まり絵の具の調合の手伝いや絵のモデルをするようになり…。
更新が滞ってますが、原因はレコーダーを繋いでるテレビがゲームで占領されてるからです(汗)
日中に見ればいいんでしょうけど、日中の空いてる時間は別の趣味に使いたいから…。あと一週間くらいで課金期間が終わるらしいので、そしたら毎晩エアロバイクを漕ぎながら録画を消化しまくりたいと思います!
で、あんまり更新しないのも何なので、長年心に引っかかってる作品について書いてみようかと。
実はこの作品、私の二度と観たくない作品トップに輝く作品なんですよね~。視線恐怖症気味の人には地獄のような2時間を味わえる作品だと思うんですが、そういう感想を見かけないので不思議。フェルメールがモデルをねっとり見つめるシーンが生理的に無理すぎて、蛇に睨まれた蛙状態で冷や汗浮かべながら最後まで見た記憶があります。
それでも、絵画に描かれていた自然光による美しい描写の再現は素晴らしかったです。ただ、ストーリーは、モデルという体験を通して初心な少女が女になっていく過程を描いただけ、という印象。
あとは女中(貧しい家の娘)の立場の低さも描かれていたと思います。気を抜けば男の餌食になりかねないし、それで妊娠でもしようものなら”貧しいながらも普通の暮らし”すら送れなくなるかもしれない。
それで私が引っかかっていたのは『フェルメールは彼女に手を出したのか?』という点です(笑)
他の人の感想を読んだら「彼に欲情したけど手を出してもらえなかったので肉屋の息子で発散した」という解釈しか見当たらなくて「あれ?」と思ったんですよ。
私はてっきり彼は手を出していて、だから主人公は彼が妻に逆らえないと思い知った時に、以前聞いた「絵のモデルをやっていた娘が身ごもって棄てられた」話を思い出し、このままだと自分も同じ同じ運命かもしれないと怖くなって肉屋の息子を誘惑したのかと…。
なのでラストシーン(大きなおなかを抱えて椅子に座ってる?)は、子供の親がフェルメールか夫かわからず、その秘密を一生抱えていくのか…という後ろ暗い気持ちが表れた薄暗いシーンだったと思うんですよ。
15年以上前に一度見たキリなので記憶違いがあるかもしれないけど、再見はできそうもないので「そこは違うよ」という点があればコメントで教えて下さい。
あと、皆さんの解釈も教えていただけると嬉しいです!